羽生結弦選手大好きな父が一体どこで羽生さん落ちしたのかを考える

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スケート

平昌五輪直後、父が体調を崩しました。胃の不調だったのですが、一通り検査をした結果、特に問題なしと診断されその後無事に回復しました。父は4年前、長年連れ添った母を亡くしてからひとりで暮らしています。

私は母が亡くなった時、実家に戻ることも考えたのですが、父に「そんなことしなくていい」と言われ今に至っています。取りあえず無事だったことに安心しながらも「年なんだから、暴飲暴食は気をつけてよ」と父に言うと「プレッシャーかな、ストレスだな」と返ってきました。

私「何かあったの?仕事?」(父は定年後嘱託で働いている)
父「オリンピックで緊張したんだな」
私「オリンピック?この前の?」
父「うん、心配しすぎて体にきたんだな」
私「心配?誰の?」
父「ゆづる君のさ」
私「ゆづる君?羽生くん?」
父「そう、怪我して大変だったろ。でもそれで金メダル獲っちゃうんだからな~。ホントすごいよな、な?」
私「うん・・・すごいよね・・・」(ゆづる君って呼んでるんだ)

その後、父はご機嫌でずっと羽生くんの話をしていました。取りあえずすごく元気そうだったので安心しました。その後、職場の同僚から羽生くんのファンはどの場面で羽生くんに落ちたかによって「○○落ち」という呼称があると教えてもらいました。

平昌五輪で落ちた人は「ピョン落ち」というんですと。(なんか可愛い・・・ピョンって可愛い)その定義でいくと父は「ピョン落ち」ということになります。後日、私は得意げにその話を父にしました。

私「平昌五輪で落ちたからお父さんはピョン落ちだね」
父「いや、お父さんはファントム落ちだよ」
私「えっ?ファン?ファンなんだって?」
父「ファントムだよ」
私「何それ?」
父「オペラ座の怪人のファントムだよ。ソチ五輪の翌シーズン、グランプリシリーズ第1戦目の中国杯で直前の6練中に他の選手とぶつかって怪我しただろ。でも頭ぐるぐるに包帯巻いてさ、出血していっぱい転んだのに最後まで滑ってさ、それで・・・(父の話は延々と続く)」

この時、父が話してくれたことは私にはとても一度では覚えきれたものではありませんでした。グランプリ何たらとか何とか杯とか言われても全く初耳ワードばかりで、父に何回も何回も聞き返してその後ネットで調べやっと覚えることができました。

父のファントム落ちの話を聞いて、ひとつの記憶が蘇ってきました。母が亡くなった時、世間ではソチ五輪が開催されていました。初七日法要を終えて集まっていた親戚達も帰り、家には父と私の2人だけになっていました。2人とも疲労がピークに達していて、それで何となくぼんやりとテレビを観ていたのですが、その日がちょうど羽生くんが金メダルを獲得した日だったんですね。

ずっとテレビで羽生くんの演技の映像が繰り返し流れていました。その時、父が羽生くんの映像を観て「綺麗だな」ってぽつりと言ったんです。父から「綺麗」なんて言葉を聞くのは、多分その時が初めてだったと思います。その後、羽生くんが会見で震災のことを辛そうに語っている姿が流れていました。

演技中、羽生くんがどんな思いで滑っていたのか私なんかには知る由もありません。でも、母を亡くし空っぽになっていた父の心に「綺麗」だと思える何かを与えてくれたような気がしています。だから実は父は「ソチ落ち」なんじゃないかと秘かに思っているのです。

父は大好きなゆづる君のため今日も近所の神社にお参りに行っています。これを羽生ファンの中では「祈祷班」というそうで、ならば父は立派な祈祷班の一員だと思ったのでした。