英語勉強中のお母さんが書くゆるい子育てブログ

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ゆるブログ

AmazonEchoの言語を英語にしてみたら毎日強制的に発音練習です。

投稿日 by admin

スマートスピーカー

Amazonアレクサはとても便利で、すでに私の生活になくてはならない存在になっています。毎日の予定や時間管理を全て任せっきりと言ってもいい状態です。これを使い始めてからは火の消し忘れや買い忘れは殆ど無くなりました。気が付いた時にすぐに声にすればいいのが有難いものです。

先日アレクサのスキルを調べていたら、日本ではあまりないようなスキルがアメリカには多数あるという記事を見ました。すぐにアメリカのスキル集のサイトを見てみると、確かに日本のスキルとは比べ物にならないほどの量があり正直驚きました。とりあえず日記系の物を選んでいくつか試してみる事にしました。

英語のスキルを使うにはアレクサの言語を英語にする必要があり、元のサイトもUSAにしないといけないのがかなり手間でしたが何とか設定する事が出来ました。次の問題はその使い方でした。

説明は当たり前ですが全て英語で、普通のマニュアルのように図解とかはされていませんので経験値が物を言う世界のようです。まだアレクサ自体を使い始めてあまり時間が経っていないのでかなり高いハードルだと感じて、後日に回す羽目になってしまいました。

それでもいくつかの発見をすることが出来ましたので、まずそれからやってみようと思いました。アレクサを英語に変えた時に分かったのが、指示をちゃんとした発音でしないと分かってもらえないという事でした。特にthの発音は適当にしていると殆ど聴き取ってもらえません。

音楽をかけてもらう時にアーティスと名とかにthが入っていたらほとんど聞きたかったアーティストではないか、フーンとか言われて何もかけて貰えなかったりです。ここで気が付いたのが発音の練習に使えばいいという事でした。英会話学校でもほとんど毎回のように発音を注意されていますし、今までいくつものアプリを試してみましたがうまくいきませんでした。

アレクサを使う事でいいところは会話形式になる事と、こちらの指示がちゃんとしてもらえるかどうかが結果でわかる事です。ところがやってみるとなかなかうまくいかないので、ストレスが上がる一方です。朝アラームを止めたくても止めて貰えなかったり、タイマーをセットするのに何度もやり直したりしなければなりません。

AIはある程度の予測はしてくれるものの、基本的な発音には容赦ありません。発音の練習だと割り切って使うしかないと覚悟を決める事にしました。アレクサに話す前に発音の予習をする事にし、聴き取ってもらえなかったものは何度でも再チャレンジするのです。

この方法で三日使用してみた結果、fの発音はなんとか聴き取ってもらえるようになりました。thは10%の割合で却下されています。アレクサと仏に話せるようになるまでは茨の道を突き進むしかないようです。



居心地の良い家作りのために。思い切って「断捨離」した結果。

投稿日 by admin

掃除

数年前からよく聞く、「断捨離」という言葉。我が家も、子供が生まれてから、モノが増える一方で、近年はその管理の仕方や向き合い方を考えるようになっていました。私はもともと、片付けが得意なほうではありません。特に実家で暮らしていたころは、部屋を片付けるのがとにかく苦手でした。

何をどこにしまったかすぐにわからなくなったり、必要な時に必要なものが取り出せず、時間をかけて探すこともしばしば。そんな私ですが、結婚して、新居に引っ越してからしばらくの間は、モノが少なく、片づけやすい状態を保てていました。それが、とても快適だったのです。

しかし、子供が生まれた頃から次第に状況が変わり始めました。というのも、育児グッズや子供服、おもちゃなど、子供の成長とともにモノがどんどん増えつづけるのです。気がついたら、実家の自分の部屋のような、モノにあふれた不便で過ごしにくい家になっていました。

例えば、爪切りをしようと思っても、筆記用具や印鑑、ハサミなどでいっぱいの引き出しの中から爪切りを発掘しなければなりません。「あれー?どこにしまったっけ?」ということも増え始めました。あるとき、「これではいけない!」と思い、片付けを決意。SNSにアップされている、すっきりきれいなお宅の写真を見てはモチベーションをあげ、「断捨離」を決行することにしたのです。

まず取り掛かったのが、洋服の処分。「一年間一度も着なかった服はなくても大丈夫」という基準に沿って仕分けると、「なくても大丈夫」な服が大量に出てきました。その中から、どうしても手放したくない服を3着だけ選び、残りはフリマアプリで売ったり、下取りに出したり、思い切って捨てるなどして処分。

子供服は、お気に入りのものだけを「思い出の品」としてわずかに残し、サイズアウトした残りの服は、すべてお下がりとして親戚の子に譲ったり、フリマアプリで手放しました。洋服をたくさん処分するのは、とても勇気のいることでしたが、おかげでクローゼットはかなりスッキリ!とても気持ちの良い感覚でした。

さらに、何年も使っていない食器類、水筒、靴、おもちゃなど…洋服と同じように「なくても大丈夫」という基準で、様々なものを手放しました。実家の母には「え!まだ使えるのに、もったいない!」と驚かれたりしましたが、断捨離した後のスッキリ感は、すがすがしいものでした。

沢山抱え込んでいた荷物を下ろした時のように、「ラクになった」という感じです。次々とモノが減っていき、新たな収納スペースが生まれ、そこが新しく収納場所に困っていたものの定位置になったり、モノを詰め込みすぎて開けにくかった引き出しがスムーズに開くようになったり…モノが減った我が家は、とても居心地のよい場所になりました。

断捨離を初めて間もなく一年ですが、手放したことを後悔したものは今のところなく、何も困ったことは起きていません。モノの管理がラクになったことで、日常の小さなストレスが減り、掃除や家事もしやすくなったように思います。身体だけでなく心にも余裕が生まれました。まだまだ子供が小さい我が家は、これからも多くのモノを抱えるようになると思いますが、モノとよく向きあい、家族が快適な暮らしができるよう、居心地の良い家づくりをしたいものです。



羽生結弦選手大好きな父が一体どこで羽生さん落ちしたのかを考える

投稿日 by admin

スケート

平昌五輪直後、父が体調を崩しました。胃の不調だったのですが、一通り検査をした結果、特に問題なしと診断されその後無事に回復しました。父は4年前、長年連れ添った母を亡くしてからひとりで暮らしています。

私は母が亡くなった時、実家に戻ることも考えたのですが、父に「そんなことしなくていい」と言われ今に至っています。取りあえず無事だったことに安心しながらも「年なんだから、暴飲暴食は気をつけてよ」と父に言うと「プレッシャーかな、ストレスだな」と返ってきました。

私「何かあったの?仕事?」(父は定年後嘱託で働いている)
父「オリンピックで緊張したんだな」
私「オリンピック?この前の?」
父「うん、心配しすぎて体にきたんだな」
私「心配?誰の?」
父「ゆづる君のさ」
私「ゆづる君?羽生くん?」
父「そう、怪我して大変だったろ。でもそれで金メダル獲っちゃうんだからな~。ホントすごいよな、な?」
私「うん・・・すごいよね・・・」(ゆづる君って呼んでるんだ)

その後、父はご機嫌でずっと羽生くんの話をしていました。取りあえずすごく元気そうだったので安心しました。その後、職場の同僚から羽生くんのファンはどの場面で羽生くんに落ちたかによって「○○落ち」という呼称があると教えてもらいました。

平昌五輪で落ちた人は「ピョン落ち」というんですと。(なんか可愛い・・・ピョンって可愛い)その定義でいくと父は「ピョン落ち」ということになります。後日、私は得意げにその話を父にしました。

私「平昌五輪で落ちたからお父さんはピョン落ちだね」
父「いや、お父さんはファントム落ちだよ」
私「えっ?ファン?ファンなんだって?」
父「ファントムだよ」
私「何それ?」
父「オペラ座の怪人のファントムだよ。ソチ五輪の翌シーズン、グランプリシリーズ第1戦目の中国杯で直前の6練中に他の選手とぶつかって怪我しただろ。でも頭ぐるぐるに包帯巻いてさ、出血していっぱい転んだのに最後まで滑ってさ、それで・・・(父の話は延々と続く)」

この時、父が話してくれたことは私にはとても一度では覚えきれたものではありませんでした。グランプリ何たらとか何とか杯とか言われても全く初耳ワードばかりで、父に何回も何回も聞き返してその後ネットで調べやっと覚えることができました。

父のファントム落ちの話を聞いて、ひとつの記憶が蘇ってきました。母が亡くなった時、世間ではソチ五輪が開催されていました。初七日法要を終えて集まっていた親戚達も帰り、家には父と私の2人だけになっていました。2人とも疲労がピークに達していて、それで何となくぼんやりとテレビを観ていたのですが、その日がちょうど羽生くんが金メダルを獲得した日だったんですね。

ずっとテレビで羽生くんの演技の映像が繰り返し流れていました。その時、父が羽生くんの映像を観て「綺麗だな」ってぽつりと言ったんです。父から「綺麗」なんて言葉を聞くのは、多分その時が初めてだったと思います。その後、羽生くんが会見で震災のことを辛そうに語っている姿が流れていました。

演技中、羽生くんがどんな思いで滑っていたのか私なんかには知る由もありません。でも、母を亡くし空っぽになっていた父の心に「綺麗」だと思える何かを与えてくれたような気がしています。だから実は父は「ソチ落ち」なんじゃないかと秘かに思っているのです。

父は大好きなゆづる君のため今日も近所の神社にお参りに行っています。これを羽生ファンの中では「祈祷班」というそうで、ならば父は立派な祈祷班の一員だと思ったのでした。



今後の方向性を考えていた時に、カモの行動からヒントをもらいました

投稿日 by admin

私は毎日、ウォーキングを兼ねた散歩をしています。そこで、良く通る道の中に用水路を兼ねた川があり、そこで毎日カモの家族を見かけます。カモは家族なのか仲間なのか分かりませんが、10羽ほどいるのでかなり目立ちます。毎日、川の流れに沿って餌を取ったり、くつろいでいる様子を見ます。

毎日のように、私がその場所を通っているためか、私がその場所に行っても、逃げるような感じは見られません。先日、かなり雨が降っていたのですが、その日だけはなぜか全てのカモが丘に上がっていました。いつもは川の中にいるので、その光景がいつもとは違っていて、少し不思議な感じがしました。

水鳥は水の中にいるのが当たり前だと思っていたのですが、雨が降っていたから丘に居ても大丈夫なのかもしれないと勝手に思ってしまいました。私はその時、ちょっとした考えごとをしていました。カモとは全く関係ないことを考えていたのですが、ふとカモのそのいつもと違う様子を見てヒントを貰えたような気がしました。

既成概念を捨てることの大切さを勝手に教わったような気がしました。そして、私は今まで当たり前に思っていた既成概念を取り払って考えてみることで、新たな考えが浮かんできました。翌日、天気が回復したこともあり、再びカモの集団は従来通り、川で泳いでいました。その場の状況に合わせて、自然体で行くことが一番良いのだと思いました。

私はいつのまにか頭でばかり考えるようになっていました。見えない固定概念に縛られていたように思います。新たな行動を起こすには、まずは意識改革をすることが必要です。カモの様子を見て、今まで通りのことはそのままつづけ、新たなことを使いしていけば良いと思いました。

その分、目標が増えたことで、今までよりもいろいろなことで目標ができましたし、モチベーションを継続していくことができるようになりました。自然に教えられることが多いですが、何気ない動物たちの行動やしぐさにヒントを貰うこともあります。人間は賢いようで、実は他の生き物たちと同等か、もしくは劣ってしまっているのかもしれないと思いました。

自然体で生きていくことが一番だと思いますが、それが一番難しく感じることもあります。しかし、自分がそれを実践できるようになれば、周りも変わっていくように感じます。これからも毎日、いろいろな景色を見て、思考のヒントを貰いたいと思っています。考え過ぎて、頭でっかちになりすぎないように気を付けていきたいです。



もしかして今が一番かわいいのかも?天使の1歳10か月

投稿日 by admin

あかちゃん

今1歳10か月になる息子がいます。生まれてからここまで、本当にあっという間。去年の4月から保育園に預け始めて約1年、今では笑顔で「いってらっしゃーい」と手を振ってすぐにお友達と遊び始めるくらい、慣れてくれました。

入園したときはちょうど1歳になる頃、まだ母乳も飲んでいて、全然赤ちゃんといった感じ。慣らし保育が始まって、朝別れる時にはギャーギャー泣いて、お迎えに行っても「今日もなかなか昼寝が出来ませんでした」と先生に言われる日々。

帰り道では抱っこしたらすぐにグーグー寝てしまって、「本当に慣れない環境で頑張ってるんだな」と、預けることに申し訳ない気持ちになりました。慣らし保育中に、すぐに胃腸炎にかかって、初めてお医者さんに病気でかかって。仕事復帰も後ろ倒しになるかも…とヒヤヒヤしました。

それでもプロの先生たちのおかげもあって、無事慣らし保育終了、仕事復帰できたときは、「これで社会生活に関わることが出来る!」とウキウキしました。やっぱり、一日中子供と向き合って、そのことに振り回される日々は、心も疲れて今までキャリアアップを目指して仕事に邁進していた日々とはギャップがありすぎてなかなか慣れることが出来ませんでした。

復帰してからはまず、忘れかけてしまっていた仕事の感覚を取り戻すため、また子供の体調不良の嵐に耐えるのに必死で、今となってはあまり記憶にありません。近くに住む両親や、旦那ともたくさんぶつかって、なんとか仕事と家庭の両立自分のライフスタイルを確立してきました。

仕事の合間の昼休みに、ゆっくりと同僚とおしゃべりしながらランチが出来る贅沢。往復の電車で好きなように時間を使って、読書やネットショッピングができること、とても嬉しく感じました。

そんな生活にも慣れてきて、今もうすぐ2歳を迎える息子は本当にしっかり、可愛く育っています。お話も上手になって意思疎通が図れるようになり、わがままを言う時もあるけれど、こちらがしっかり伝えれば分かってくれる。

お友達、先生と仲良く保育園生活も楽しんで、お迎えに行っても、最初はとっても喜んでくれたのに、今では「あら、きたの」といった感じで少し寂しいくらいです。子育てのお金がない時や、離乳食の悩みや、ねんねの悩み、あらゆる育児の悩みを一緒に共有してくれて、相談できる保育園の先生の存在は大きいです。

4月からは新学期で、また新しい先生になるので、今は同学年のママたちと感謝の気持ちを伝えるアルバムづくりをしています。育児や仕事の悩みを共有できるママ友が出来たのも、今すぐお金が欲しいくらい金欠ですが保育園に入って良かったなと思います。行きたくない!もう仕事も会社も状態ですが、今の可愛い息子の姿を忘れずにまた仕事を頑張ろうと思います。




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